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大阪高等裁判所 昭和27年(ネ)1095号 判決

控訴人 被告 兵庫県農業委員会

訴訟承継人 兵庫県知事 阪本勝

指定代理人 矢田敏夫 外二名

被控訴人 原告 日本国有鉄道

代表者総裁 十河信二

訴訟代理人 稲垣治 外五名

主文

原判決を取消す。

控訴人の被承継人兵庫県農業委員会が昭和二五年一二月二六日附、昭和二六年三月一日附及び同年六月二一日附を以て、原判決添付別紙第一乃至第三物件目録記載の各土地(但し第一物件目録中、西宮市青木町九五番地の二畑二反八畝一歩を除く)の買収計画に対する被控訴人の訴願を夫々棄却した裁決はいずれも之を取消す。

訴訟費用は第一、二審共控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠の提出援用認否は、控訴代理人において「昭和二九年法律第八八号農業委員会等に関する法律附則第二六項により兵庫県農業会議の成立した同年八月二〇日を以て本件訴訟の控訴人たる地位は兵庫県知事において受けついだものである。次に原判決は日本国有鉄道法(以下国鉄法と略称する)第六三条が同法又は他の法律により別段の定をした場合を除くの外国鉄を国と、国鉄総裁を主務大臣とみなすと規定していることから、旧自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)にも当然その適用があるものと説いている。

しかしながら右第六三条の規定は国鉄法制定の趣旨及び国鉄の法的性格を参酌して統一的合理的に解釈されねばならないのであつて、その趣旨とするところは、国鉄事業の性格と経営規模からみて、一般私企業と同様の法令の拘束を受けるのは妥当でないから、一般私企業に対しては道路運送法電気事業法土地収用法その他種種の法令によつて煩瑣な手続が要求されているが、国鉄に対してはこれらの法令の適用に当つては政府が直接経営していた場合と同様に、国鉄を国の行政機関とみなしてこれらの法令の拘束を受けないこととし、国有鉄道事業の能率的運営を確保するために設けられた規定であつて、従来の政府直営を廃して国有鉄道事業を政府から独立して別個の法人である国鉄をして経営せしめようとする国鉄法本来の目的を無視して政府直営時代より広汎な特権的地位を国鉄に保障しようとするものでは決してない。このことは国鉄法第一条がその目的について企業性を十分に発揮し能率的合理的運営を図り、以て公共の福祉を増進させるため従来の官庁機構とは別個独立の経営主体として設立されたことを明にし、第二条において、国鉄に対し国の行政機関とは別個独立の法人格を附与し且附則第二項により従前国鉄事業特別会計に属していた資産は同法施行と共に国鉄の資産として引継がれることになつた。かように従来の官庁機構より独立した公共企業体たる国鉄を創設した所以は合理的能率的運営の要請であり、之を法的に具体化したものが国鉄法第二条であるから、国鉄の法人格はその基本的性格であり、之と積極的に抵触する限度において、同条の規定の適用は排除されるものである。即ち、従来国有財産として運輸大臣の管理していた農地は別個独立の権利主体である国鉄の創設によつてその所有に帰するに至つたので、かような農地を国有地とみなす余地は全く存しない。若し原判決のごとく、国鉄が政府機関で、国鉄所有地即ち国有地であると解するときは、国鉄の基本的性格を無視し、その所有財産もそれ自体の権利をも否定することとなり、国鉄を国から独立の法人とした趣旨のすべてが没却される結果となる。次に原判決は旧自創法が国鉄法第六三条において除外する財政法その他の国の会計を規律することを目的とする法令に該当しないから、旧自創法上国鉄所有地は国有すなわち政府所有地とみなされ、政府所有地と同一の取扱を受けるものであつて、本件農地を旧自創法施行令第一二条による管理換の手続によらずになした買収計画並に兵庫県農地委員会の訴願裁決も違法であると謂うが、凡そ自創法によると否とに拘らず、国有地である以上国有財産として国有財産法の適用を受くべきであるが、同法第二条において国有財産とは国の負担において国有となつた財産又は法令の規定により若くは寄附により国有となつた財産であると規定しており、又国鉄法附則第二条において国有鉄道事業特別会計の資産は国鉄が引継ぐことを規定し、国鉄法施行法第四条はその権利義務を国鉄が承継することを規定する。更に国鉄法第三六条は国鉄の会計及財務に関しては本章の定めるところによるとして、国の会計と別個の日本国有鉄道会計規定によるのであり、同法第六三条で国有鉄道を国と、国鉄総裁を主務大臣とみなす規定の適用についても、財政法その他国の会計を規律することを目的とする法令を除くとあるのも明文を以て同条の適用を排除した場合に限るものでなく、国鉄法の他の規定に示された国鉄の基本的性格と牴触する場合をも含むものと解される。従つて同条において排除されている国有財産法による管理換をすべきであるとの原判旨は諒解てきない。凡そ国有財産の管理換とは財産の帰属者の変動を生ずるものではなく、ただ国の内部におけるその管理機関の変更を謂い、国と他の権利者との間には国有財産の管理換を生ずる余地は全くないのである。国鉄法施行法第四条によつて国の不動産を国鉄が承継した場合における不動産の登記手続については同施行法第七条により所有権移転登記を必要とするのであつて、両者の間の権利の移転については管理換ということはあり得ないのであるから、国鉄所有農地を買収するについては国有農地の解放手続を規定する旧自創法施行令第一二条第一三条を適用することはできないのである。尚被控訴人主張の一筆の土地については買収処分の取消のあつた事実を認め、この部分についての請求の減縮に異議は無い」と述べ、被控訴代理人において「主文第二項中括弧内に記載の一筆については、昭和二九年五月六日附を以て西宮市農業委員会で買収計画が取消されたから、この限度において本訴請求を減縮する。次に、被控訴人は国鉄法第一条が規定するように従来の純然たる国家行政機関によつて運営せられて来た国有鉄道事業を国から引継ぎ、これを最も能率的に運営発展せしめ、もつて公共の福祉に寄与するという国家目的を与えられ、国家の意思により特に法律に基いて設立せられた法人である。従つてそれは国とは別個の法人格を有するとはいえ、完全国有の企業体として、その有する財産は国有財産に準ずるものであつて、このことは国鉄法の各本条に規定された次のような実体を検討すれば極めて明である。例えば被控訴人はその資本を政府の全額出資にまつものであり(第五条)内閣の任命する経営委員会(監理委員会)の指揮統制に服し(第九条以下)その総裁は内閣が任命し(第二〇条)予算については国会の審議を必要とし(第三九条の二以下)会計は会計検査院が検をし(第五〇条)運輸大臣の監督に服すること(第五二条)などすべて公共団体たることの具現であるが、更に第二条は解釈上の疑義を避けるために公法人であることを明定している。又国鉄法第六三条は被控訴人のかような性格と使命から一般私企業と同様の法規上の拘束を受けることはその能率的運営を著しく阻害するおそれがあるため、従来国が経営していたときと同様にその事業運営において国が運営すると同様の法令適用上の地位に国鉄を置く必要があるとする趣旨であるから、旧自創法に関しても当然被控訴人所有地は政府所有地とみなされる結果、旧自創法施行令第一二条の適用を受けるべきである。尚国鉄法施行法第四条は被控訴人の設立に伴い、被控訴人が国有鉄道事業に関し国の有する権利義務を全面的に承継取得したことを意味する経過規定にすぎないのであつて、登記関係についても被控訴人が不動産に関する登記をする場合の手続については、之亦前示第六三条の適用を受ける結果不動産登記法及びその関係法令中の官庁に関する規定が全面的に被控訴人に適用されるのである。国が公共企業体から不動産に関する権利を取得し、又公共企業体が国から之を取得する場合に不動産に関する権利の移転登記の必要であることは控訴人の主張のとおりであるが、このことは被控訴人の所有地に対して旧自創法施行令第一二条第一三条の準用を否定するものではない」と述べ、立証として被控訴代理人において、甲第六号証を提出し、乙第十六乃至第二十一号証の成立を認め、控訴代理人において、乙第十六乃至第二十号証第二十一号証の一乃至四を提出し、当審における証人太田梅一、三輪円蔵の各証言及び各検証の結果を援用し甲第六号証の成立を認めたほか、すべて原判決事実摘示と同一であるから之を引用する。

理由

先ず職権を以て本件記録を調査すると、原審判決の言渡調書には裁判長の署名捺印と裁判所書記官補の署名があるのみで、裁判所書記官補八杉蔵治の捺印を欠いている。而して口頭弁論の方式の一である判決言渡の方式の適否は民事訴訟法第一四七条に依り調書を以てのみ之を証することを得べきものであるが、同法第一四二条が調書の作成につき裁判長及び裁判所書記の署名捺印を要求している以上その一でも欠いた場合は判決言渡の適式であつたことを証明することができず、従つて判決自体も違法に帰するものと謂わねばならないから之を取消すべきものである。

進んで本案について考えると、原判決添付第一乃至第三物件目録記載の土地(主文第二項で除外した一筆を除く)は東京下関間新幹線鉄道増設計画に基いて国が原所有者から買収し、鉄道用地として国有財産であつたところ、昭和二四年に国鉄法の施行により被控訴人が国から承継取得したこと、並にその後この土地が旧自創法による買収の対象とされ、西宮市農地委員会及び姫路市姫路地区農地委員会が夫々同法第三条第五項第四号により法人所有の小作地として買収計画を定め、被控訴人が之に対し異議を申立てて棄却され、更に適法期間内に訴願をなしたところ、いずれも訴願棄却の裁決のあつたことに関する被控訴人主張事実はすべて当事者間に争がないから、順次被控訴人の主張につき考察する。

先ず本件土地が旧自創法にいわゆる農地であるか否かの点については、昭和一七年に国の買収するまでは耕作地であつたこと当事者間に争がなく、この事実に、成立に争のない乙第一、二号証、第一〇号証第一二乃至第一五号証、原審証人杉知也、太田梅一、岡田八百蔵、松本武、当審証人太田梅一、三輪円蔵の各証言並に各検証の結果を綜合すると、この土地は古くから耕作に供されて来た田畑であつて、昭和一七年国に買収された後も、戦争が苛烈となり、鉄道敷設工事の着手も一時見送りの状態となり、一方此の土地の従前の耕作者は買収の後も引続き耕作を行い、昭和一八年以降は国との間又昭和二四年以降は被控訴人との間に使用承認期間を一年毎に更新し、且つ一定年額の使用料を納付しながら今日に至るまでこの土地を耕作して来たもので、右使用料の額も昭和二四、五年以降は一般の小作料と殆ど差のないものであつたことが認定できる。而して自創法に所謂農地即ち「耕作の目的に供される土地」とは現に耕作に供されているか或は休耕地のように少くとも耕作に供せられ得る土地であつて、その耕作が土地所有者以外の者によつてなされている場合はそれが所有者の意思に反するものでないことを要するものと解する。従つて農地であるか否かの判断においても土地所有者の意思を無視することはできないが、土地所有者の主観的な意図のみによつて土地の法律的性質が変更されるものではないから、国が鉄道増設の目的で買収したからとて、その後も従来と全く同一の状態において引続き今日まで国乃至被控訴人の承認の下に第三者により耕作の用に供せられて来た以上、之を農地と認むべきこと勿論であつて、本件土地が農地にあらずとの被控訴人の主張は採用できない。

次に右土地が所謂小作地であるか否かの争点についても、先に認定したとおり従前の耕作者が引続き国乃至被控訴人に定額の使用料を支払つて耕作をして来たのであつて、殊に最近の使用料は一般の小作料と大差がなかつたのであるから、右は私法上の賃貸借契約に基く小作関係と見るのが相当であつて、之を以て用地確保の便法としてなされた一時的使用の承認であつて私法上の貸借関係ではないとする被控訴人の主張は失当である。

進んで、国鉄法第六三条により被控訴人所有農地を旧自創法上政府所有農地として取扱うべきか否かについて考察する。

国鉄は従前純然たる国の行政機関によつて運営されて来た鉄道事業を経営し、能率的な運営によりこれを発展せしめ公共の福祉を増進することを目的として設立された公法上の法人で、国家に対し自主性を有する点もあるが、資本金は全額政府の出資にかかり、その公共性は極めて高度で、国家はこれに対し、運輸大臣の監督下に置き、業務の運営、予算会計などの面において広汎な統制権を保有し、一方国鉄職員の身分についても法令により公務に従事する者とみなされ、一定の事由あるときはその意に反して降職免職休職懲戒等の処分を受け、又恩給法、国家公務員共済組合法、健康保険法、国家公務員災害補償法、失業保険法等の関係においても国家公務員と同一の取扱を受けることは国鉄法の規定を通覧して明であり、同法第五六条第二項は恩給の給与等については日本国有鉄道を行政庁とみなすとの規定をおいている。而してこれらの規定を受けて同法第六三条が道路運送法、電気事業法、土地収用法その他の法令(国の利害に関係のある訴訟についての法務大臣の権限等に関する法律及び財政法会計法国有財産法等国の会計を規律することを目的とする法令を除く)の適用については、この法律又は別に定める法律をもつて別段の定をした場合を除くの外、国鉄を国と国鉄総裁を主務大臣とみなすとの規定をおいているのであつて、単にこの規定の文理上より見ても、道路運送法電気事業法等の最初に掲げられた法規は例示的であり、括弧内で適用を排除される法令は制限的であるものと見るのが相当であり、而して旧自創法及びその附属法令は後に説明する例外の部分を除いては、原則として右第六三条に所謂国の会計を規律することを目的とする法令と解することはできない。以上に列挙したような観点から考えると、旧自創法及びその附属法令においていわゆる政府とあるは後に説明するとおり、国の会計を規律することを目的とする法令に該当せぬ限り国鉄もこれに包含されるものと解すべきであり、従つて旧自創法施行令第一二条も国鉄所有地に適用され、従つて又同条により国鉄所有農地について市町村農業委員会が自作農創設の目的に供することを相当であると決定するには都道府県農業委員会の承認がなければ効力を生せず、而もこの承認については当該農地の所管大臣に相当する国鉄総裁の認可を受けなければならない趣旨と解する。但し国鉄法第六三条が前示のごとく、国有財産法等国の会計を規律することを目的とする法令の適用を除外しているのであるから、旧自創法及び同施行令の規定中においてもこの種に属する規定は当然適用を排除せられるものと解しなければならぬのであり、従つて旧自創法施行令一三条は公共用財産若くは公用財産又は営林財産たる農地につき同令第一二条第二項の承認のあつた場合に当該農地の所管大臣より農林大臣に対する管理換の手続を規定しているが、この規定は純然たる国有財産につき国の内部における管理機関の変更を言うのであつて、正に国鉄法第六三条において適用を排除されている国の会計を規律することを目的とする規定に該当するから、国有財産に属しない国鉄所有地についてはもとより適用がないものと言わねばならない。この結果として、国鉄所有地について旧自創法施行令第一二条所定の手続により自作農創設の目的に供することを相当とする旨の決定のなされた場合には、先に国有鉄道事業特別会計の資産を国鉄に引継ぐ際に所有権移転登記手続をとつたと同様に再び国鉄より国に対し所有権移転登記手続を為すべきであつて、いわゆる管理換の手続によることはできないのであるか、このことは別段旧自創法施行令第一二条が国鉄所有地に適用されないとの結論を導き出すものではないのである。

而して旧兵庫県農業委員会が本件係争土地について自作農創設の目的に供する旨の西宮市及び姫路市姫路地区の各農地委員会の決定を承認するについて国鉄総裁の認可を経なかつたことは当事者間に争がないから、右西宮市及姫路市姫路地区各農地委員会の決定は前記理由により違法であり、従つて本件各買収計画も違法に帰し、延いては右計画を支持し被控訴人の訴願を棄却した旧兵庫県農業委員会の各裁決の違法であることも明白である。而して本件記録に綴り込まれた昭和二九年八月三〇日附兵庫県公報第三一九八号(写)によれば農業委員会法の一部を改正する法律(昭和二九年法律第一八五号)附則第一三項第一六項に基いて昭和二十九年八月二〇日兵庫県農業会議の設立が認可されて成立したことが認められ、同法附則第二六項によれば同会議の成立した右同日に旧兵庫県農業委員会を当事者とする本件訴訟は兵庫県知事が受け継いでいること明であるから、同知事に対し前記各裁決の取消を求める本訴請求は全部正当として認容すべきである。

仍て民事訴訟法第三八七条第九六条第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長判事 朝山二郎 判事 平峯隆 判事 沢井種雄)

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